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大阪
7
aug

大道至簡

image (38)

こんにちは!大阪開発部の張です。中国人です。

 

外国語で題名を書いてすみません。「大道至簡」は、中国の道家思想から来た中国語の言葉です。
道家とは、古代中国の「諸子百家」と呼ばれる思想家集団の一つです。

日本語と同じく、中国語でも、「道」はミチを意味し、道家思想では、「道」に、さらに、
「やり方」と「あり方」という意味もあります。
「大道至簡」は、「究極的なやり方は極めて簡潔だ」や「真理の本質は極めてシンプルだ」と解釈します。

 

開発者として、日々の仕事はプログラミングです。簡単に言えば、コンピューターが理解できる「プログラム」という指示を書くことでソフトウェアを作ることです。コンピューターに対して理屈をこねると言ってもいいと思います。

その理屈の運び手は、「プログラミング言語」というコンピューターに分かる文法と言葉の集まりです。
このような日々の仕事のせいか、ときおり、人間にも「何とか何とかとします。可能性によって、
4通りの組み合わせがあり得ます」の風にしゃべる癖があります。理屈屋の印象を与えるかもしれません。

 

しかし、理屈屋だとしても、複雑な理屈が面倒くさいと思います。理屈でも、やはり、簡潔で直感に合うものが一番だと思います。
プログラミング言語の種類はやたらとありますが、その中でも、構文がシンプルで、表現力豊かで、直感に合う言語が好きです。

 

仕事で常に使っているプログラミング言語の一つについて、最近、題名である「大道至簡」という感じをしました。具体的に、それはSQLです。(厳密にいえば、SQLはプログラミング言語ではなく、クエリ言語です。)

 

就職活動を行っている皆さん、SQLを聞いたことありますか?一言で述べられないですが、メディアシステムのデータ分析ソフトに不可欠な、いわゆる「問い合わせ言語」です。
SQL ができるからといって就活で有利になるとは思いませんが、ますますデータが中心になってきている今の時代、皆さんいつかどこかで、何らかの形で SQL に関わることをやることになる可能性が高い——これは確実と言っていいでしょう。


さて、話を元に戻しましょう。

 

最初に SQL に触れたとき、正直「必要悪」だと思っていた。構文は儀式的すぎて、他のアプリケーションコードとは異質な何かが無理やり埋め込まれているように感じました。

 

ところが最近ある日、とある大学のデータベース講義の録画を見つけました。
私はときどき、このような講義の録画を漁る癖があります。というのも、学生時代ではコンピュータサイエンスなどを専攻していなかったし、特にコロナ禍以降は、こんな講義の録画はどんどん公開されるようになってきたからです。

 

その講義シリーズの中に「SQLとリレーショナル代数」の章がありました。
そこで講師が次のように語ったとき、目が覚めるような思いがしました:

 

「リレーショナル代数では、存在するものはたった一種類——つまりリレーション(関係)だけ。」
「やることは、たった十個程度の演算子を組み合わせて使った操作だけ。それで全部だ。」

「SQLは、関係代数に基づいた、実用性を高めるための必須機能が加わったものです。」

 

SQLの使い道はデータ分析だけではないですが、メディアシステムでの仕事では、ほとんどデータ分析のためにSQLを使っています。
SQLのほかに、データ分析ツールはまたありますが、上記の講義を見たあと、それらのツールは全部「SQL的思考」の他の言語での焼き直しなんだと、はじめて気づきました。

 

まとめると、1つのものに対して、およそ10種類の操作の組み合わせを行うことが、データ分析の大部分を占めていると言っても過言ではありません。
データ分析の世界において、リレーショナル代数と、その本質的な具現化であるSQLは「至簡」の「大道」だと言ってもいいと思います。

 

リレーショナルデータベースとSQLの概念が提唱されたのは、今から半世紀も前の1970年代のことです。そして、その考え方を初めて商用製品として世に送り出したのが、1979年にリリースされたOracleだと言われています。


あれから長い年月が経ちましたが、このエレガントでパワフルな仕組みは、今もなお、メディアシステムが提供しているサービスを動かすだけでなく、ますますデータ主導へと変化しているこのビジネスの世界全体を支えていることに、私は今も驚きを隠せません。

 

これらを知ったことで、以前は「必要悪」だと思っていたSQLは、今や私にとって「なんて貴重で素晴らしいものなんだ!」という存在に変わりました。

 

写真は、先月大阪市立美術館を出たところでとった夕暮れの通天閣です。